『九十歳。何がめでたい』(佐藤 愛子)の読書感想文です。

 

『九十歳。何がめでたい』のあらすじ

『九十歳。何がめでたい』は、作家の佐藤愛子氏が書かれた本です。

 

佐藤愛子氏は、大正12年生まれで御年92歳の大作家です。

 

『九十歳。何がめでたい』は、「いちいちうるせえ」の精神で書かれています。

 

『九十歳。何がめでたい』は、マイナス思考に陥っている人に元気を与えてくれる本です。

 

マイナス思考に陥っている人のケツを叩くような文章がたくさん書かれています。

「暴れ猪」である佐藤節が全開です。

 

以下、私が『九十歳。何がめでたい』を読んで、とくに刺さった文章を紹介します。

 

スポンサーリンク



『九十歳。何がめでたい』で刺さった内容

私が『九十歳。何がめでたい』を読んで、とくに刺さった内容は、以下のとおりです。

<『九十歳。何がめでたい』で刺さった内容>

・不幸災難は自分の力でふり払うのが人生修行だ

・自己チューが当たり前の世の中と自覚せよ

 

それぞれについて、『九十歳。何がめでたい』の中身を紹介します。

 

スポンサーリンク



不幸災難は自分の力でふり払うのが人生修行だ

ソブパンの何が怖い!

マスクをしても臭いは防げず、実際に体調が悪くなったこともあるという。

そんな状態まで落ち込んでいるのに、何もいえず学生課に相談したり新聞に投稿して回答を待つというような手の込んだことをするなんて、そういう人は「気弱」なんてものじゃない。

私にいわせれば「怠け者」だ。

ふりかかった不幸災難は、自分の力でふり払うのが人生修行というものだ。

ソバプンと戦うのも修行の一つであす。

したくないこと、出来そうもないと思うことでも、力をふり絞ってブチ当たれば人間力というものが養われていく。

 

『九十歳。何がめでたい』 P46〜47より

自己チューが当たり前の世の中と自覚せよ

今の人は皆、忙しいのだ。

それぞれが自分の生活を大事にしていて、したうことをいっぱい抱えている。

義理人情よりも、自分の都合を優先する自己チューが当たり前という世の中だ。

他人の絵を見ることに何かのメリットがあれば出かけるかもしれないけれど、どう考えてもたいした絵ではないと思っている時は行かない。

素人のヘタッピーな絵を見て、見た以上は何かお世辞のひとつもいわなくてはならない。

それを考えるのも面倒くさい、という人もいるだろう。

しかしご当人は自分の絵に自信があるから、人の気持ちなど忖度する余裕がない。

来るのが当たり前だと思っている。

(もしもこの立場が逆である場合は、この相談者は万難を排してでも行くだろうか?)

 

『九十歳。何がめでたい』 P166〜167より

『九十歳。何がめでたい』の感想

『九十歳。何がめでたい』は、ネガティブ思考に陥った人のケツを叩いてくれます。

 

とくに会社で理不尽な思いをして消耗している人に、有効だと私は思いました。

 

「暴れ猪」である佐藤節が全開なのです。

 

『九十歳。何がめでたい』を読んで、思わず爆笑してしまいました。

 

92歳の佐藤愛子氏の発言は、元気を与えてくれます。

ネガティブ思考に陥って辛い人は、一度『九十歳。何がめでたい』を読んでみましょう。

 

もしかすると、『九十歳。何がめでたい』がきっかけで、人生が変わるかもしれませんよ。

 

以上、『九十歳。何がめでたい』(佐藤 愛子)の読書感想文でした。

 

『九十歳。何がめでたい』はAmazonにて、中古本が安く買えますよ。

 

『九十歳。何がめでたい』には電子書籍であるKindle版もあるので、Amazonでの購入がオススメです。