『定年ゴジラ』(重松清 著)(講談社文庫)の感想です。

 

『定年ゴジラ』のあらすじ

『定年ゴジラ』とは、直木賞作家である重松清氏が書かれた本です。

 

『定年ゴジラ』は反響が大きく、ドラマ化もされています。

『定年ゴジラ』は、文学座講演なども行われています。

 

『定年ゴジラ』の舞台は、昭和40年代に乱立したニュータウンです。

 

主人公の山崎さんは、高卒で銀行員として40年以上勤めてきた方でした。

 

著書『定年後のリアル』にも書かれているとおり、定年後にすることがなくて途方に暮れる人が多いそうです。

何十年間も仕事が趣味のような暮らしをしていたら、誰でもそうなるでしょう。

 

が、こういう人の定年後の暮らしは、あまり楽しいものではないみたいです。

 

『定年ゴジラ』では、社畜として会社に骨を埋める覚悟で働いてきた方々の、やるせない事実が書かれています。

 

社畜の方は、『定年ゴジラ』を読んで、将来を真面目に考えて頂きたいです。

会社を辞めて残るのは、地位や名誉ではなく、金と健康と家族ですから。

 

以上、『定年ゴジラ』のあらすじでした。

 

次に、私が『定年ゴジラ』を読んで、とくに刺さった内容を3つほど紹介します。

 

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『定年ゴジラ』で刺さった3つの内容

私が『定年ゴジラ』を読んで、とくに刺さった内容は、以下の3つです。

<『定年ゴジラ』で刺さった内容>

・単身赴任して定年後に会社に捨てられた人の末路

・定年離婚した夫はアリ地獄に落ちる

・余生の時間を若いときに回せたらと悔やむ

 

それぞれについて、『定年ゴジラ』の引用文を紹介し、合わせて私の感想を簡単に書いていきます。

単身赴任して定年後に会社に捨てられた人の末路

野村さんが単身赴任の長い旅に出たのは、長男が十四歳で次男が十二歳のときだった。

定年と同時にくぬぎ台に帰ってきたとき、息子たちはそれぞれ二十四歳と二十二歳になっていた。

(中略)

「だから、本人も取締役で残れると思ってたらしいんだけど、なにせ肝心なバブルが弾けちゃったからな。運が悪いんだ。おまけに、がっくり落ち込んでくぬぎ台に帰ってみたら、もう息子たちはオトナだよ。次男なんて、小学六年生だったのが大学四年生だぞ。ショックだと思わない?」

(中略)

「ノムちゃんには、息子を育てたっていう実感がないんじゃないかな。コドモがオトナになっていくところを見てないんだから。気がついてみたら、ちゃーんと息子はオトナになっててて、奥さんと息子二人の三人家族で、なんの問題もなく生活できているわけだよ。そうなったら、いまさら戻ってきても居場所がないよ」

「ええ・・・」

「まあ、本人が家庭より仕事を選んだわけだからしかたないかもしれないけれど、やっぱり、かわいそうだよ。あのひと・・・だって、いまのほうがよっぽど単身赴任みたいじゃないか・・・」

 

『定年ゴジラ』 P80〜82より

 

上の『定年ゴジラ』では、単身赴任してまで会社に尽くして捨てられた方の末路の一部が書かれています。

 

会社は従業員のためにあるのではありません。

会社とは経営者や株主の持ち物であり、従業員はいわばコマです。

 

著書『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか』に書かれているとおり、会社は従業員に、生きていくために最低限のお金しか渡さずこき使う存在です。

これを必要経費方式といいます。

 

理論的に考えると、社員は会社の奴隷であるのです。

 

そこのところをよく理解しないと、上の『定年ゴジラ』の引用文にあるとおり、会社に捨てられ家族にも見放されてしまいます。

 

これでは何のための人生なのかわかりません。

 

ですから、今からでも遅くないので、会社との関係を見直して、家族を大切にしてください。

 

会社との関係を見直すのに、著書『すべての教育は「洗脳」である』が使えます。

定年離婚した夫はアリ地獄に落ちる

定年退職した夫がいきなり三行半を突きつけられる定年離婚が増えていることぐらいは知っている。

(中略)

「亭主の月給袋から搾り取るだけ搾り取っといて、用済みになったらポイやさかいな。ほんま、情も情けもないで、今日びの女房いうもんは」と野村さん。

「捨てられる」だの「ハシゴをはずされる」だの「用済み」だのと、期せずして受け身のしょぼくれた言葉が並ぶ。

(中略)

「なにかの本に書いてあったけどさ、奥さんに離婚届を突きつけられたときのダンナの気持ちって、いきなり穴ぼこに落っことされて、その穴の縁ってのが砂になってて、這いあがろうとしてもボロボロ崩れ落ちちゃうんだって。なんかすごい話だけどさ、妙にわかっちゃうんだよなあ、その感覚って」

 

『定年ゴジラ』 P119〜124より

 

会社にばかりエネルギーを使い、家族をないがしろにしていると、定年離婚という悲惨な結果になるかもしれません。

 

定年後: 50歳からの生き方、終わり方』にも、会社に尽くしてばかりいると大変な目に遭うかもと書かれています。

 

「俺は家族を養ってやっているんだ!」と思い込み、家事育児に参画せず、家族を大切にしないと、定年後にポイされるかもしれません。

 

だから、会社の仕事はほどほどにして、家族を大切にしてください。

会社を辞めたら、残るのは金と健康と家族だけですから。

 

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余生の時間を若いときに回せたらと悔やむ

「『余生』って嫌な言い方だと思わないか。余った人生だぜ?ひでえこと言いやがるな、昔の奴は。でも、うまいこと言うもんだよ。余りだ、余り、俺たちがいま生きているのは、自分の人生の余った時間なんだよ。そんなの楽しいわけないよな」

そしてまた、まなざしが空へ向く。

「俺、思うよ。何歳まで生きられるか知らないけど、六十歳から先の時間を削って若い頃に回すことができてりゃな、って。一日がせめて二十五時間あれば、仕事も、家のことも、もっともっとたくさんできたんだよな。悔しいよ、いまこんなに時間が余っているのが」

山崎さんは黙ってうなずいた。

今度は同意が十割。そこに寂しさが加わって、うなずいた後でため息も漏れた。

 

『定年ゴジラ』 P240〜241より

 

60歳から先の時間を若いときに回せていたらどれだけ良いか。

 

定年後に無為な生活をしている方は、このように考えるみたいです。

 

若いときに趣味を持たず、仕事ばかりしていると、定年後にこういう後悔をすることになるかもしれません。

 

気をつけましょう。

 

以上、『定年ゴジラ』(重松清 著)(講談社文庫)の感想でした。

 

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