『他人を見下す若者たち』(速水敏彦 著)(講談社現代新書)の感想です。

 

『他人を見下す若者たち』の要約・あらすじ

『他人を見下す若者たち』とは、名古屋大学大学院教授で教育心理学者である速水敏彦先生が書かれた本です。

 

『他人を見下す若者たち』は、表紙にマンガがありマンガみたいに気軽に読めそうな気がします。

 

しかし、『他人を見下す若者たち』は大学教授が書いた本なので、学術チックで歯ごたえのある文章となっています。

 

『他人を見下す若者たち』のキーワードは、「仮想的有能感」です。

 

現代の若者は、自分の体面を保つために、他者を簡単に否定しているそうです。

 

世間の人間はつまらない、取るに足らぬ存在だと他者軽視し、無意識的に自分の価値を保持しようとしています。

 

速水敏彦先生は、この他者を見下し、自己への肯定感を獲得しようとする心理を「仮想的有能感」と定義されています。

 

氏は、「仮想的有能感」を持つ若者が増えていると指摘しています。

 

『他人を見下す若者たち』は、「仮想的有能感」を持つ若者が増える背景と対策を論じています。

 

以上が『他人を見下す若者たち』のあらすじです。

 

次に、私が『他人を見下す若者たち』を読んで、とくに刺さった内容を3つほど紹介します。

 

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『他人を見下す若者たち』で刺さった3つの内容

私が『他人を見下す若者たち』を読んで、とくに刺さった内容は、以下の3つです。

<『他人を見下す若者たち』で刺さった内容>

・会社のせいで学習の動機づけが低下している

・日々をのんびり楽しく暮らすことを望む若者たち

・下方比較という概念に気づくこと

 

それぞれについて、『他人を見下す若者たち』の引用文を紹介し、合わせて私の感想を簡単に書いていきます。

会社のせいで学習の動機づけが低下している

動機づけとは、本来、さまざまな方向を持つものなので、子どもや若者の動機づけと言っても、勉学や学習だけに向けられるものだけではないが、最近の学力低下論争に伴って、学習動機づけの低下を指摘する声がかまびすしい。

学習時間が減少しているのは、動機づけの低下を意味しているとの指摘は、確かに的外れのものではない。

日本の経済が右肩あがりであった頃子供たちは、よい成績をとればよい大学に行け、よい会社で高い地位をえて、高収入をえることができるという、単純な、しかし確実な図式にしたがって、動機づけられることが可能だった。

しかし、今日ではその図式そのものが成立しがたくなっており、勉強したからといって幸せを手に入れられるわけではないので、学習の動機づけが低下してきているというのが、大方の識者の見解である。

 

『他人を見下す若者たち』 P54より

 

多くのビジネス書で、現在は年功序列制度と終身雇用制度が崩壊していると書かれています。

大企業に入れば安泰という時代は終わったみたいです。

 

私も北大大学院を卒業後、東証一部上場のIT企業に就職しました。

 

しかしこの会社、年次昇給300円、30代でも年収300万円でした。

 

40代、50代でも役職なしのヒラ社員が山ほどおり、安い給料で家族を養うのに四苦八苦していました。

 

上司は従業員の人事評価を下げることに目を光らせ、意図的にボーナスを下げようとしていました。

私もこの会社で、何度もお金で嫌がらせを受けました。

 

それだけでなく、仕事を1年近く与えられず放置され、最低評価の人事評価を一方的に受けるパワハラを受けました。

 

トドメに、それを人事部に訴えたら、逆に圧力をかけられ、会社を追い出されました。

 

私の経験からも、大企業に入ればそれで安泰ではないことが分かります。

 

若者は賢いので、この事実をよく分かっているでしょう。

だから、勉強したがらないのです。

良い大学に行っても、将来が保証されないから。

 

まあそれでも、大企業に就職するためではなく、頭を鍛えるために大学受験は経験して欲しいものです。

 

勉強することで思考力も鍛えられ、他人に騙されたり搾取されることはなくなるでしょうから。

日々をのんびり楽しく暮らすことを望む若者たち

それは、現在では国民の生活水準が一様に高まり、大企業でなく中小企業の従業員だとしても十分に豊かな生活が可能で、わざわざ苦労して高い地位や責任ある地位を得る必要がない、と考えているためではなかろうか。

一昔前までの有名な歌手やプロ野球選手の中には、親に豊かな生活をさせたいので、歯を食いしばってはんばった、というような、自分の栄光への道のりを語る人も少なくなかったが、芸能界やスポーツ界でも、おそらく今後このような人たちはあまり見られなくなるだろう。

ところで、「大志」という言葉は、世俗的な「金銭」とか「地位」と連動して使われている場合が多い。

といって現代の若者がそれを薄汚い物として否定しているわけではない。

むしろ金銭や地位がないよりはあるほうがよい、と現実的に考えているからだろう。

ただ、それを追い求めて汗だくになって努力するよりも、日々をのんびり楽しく暮らした方がまし、と思っているだけである。

 

『他人を見下す若者たち』 P60〜61より

 

私も、上の引用文に登場する若者に賛成です。

 

日々をのんびり楽しく生きた方が、人生が充実するでしょう。

 

私が影響を受けた著書『減速して生きる: ダウンシフターズ』にも、そのような暮らしをしている人が大勢出てきます。

 

労働時間が減ると収入も減ります。

しかし、少ない収入で満足できるような暮らしをすればよいのです。

 

私も、年金と実家に入れるお金、合わせて月に10万円ほど稼げればそれでよいと思っています。

月に10万円は、ブログと家庭教師のアルバイトをやれば、問題なく稼げます。

 

余った時間は、のんびり過ごしています。

 

著書『となりの億万長者』を読んで、お金のかからない生活を手に入れたので、のんびり過ごせています。

 

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下方比較という概念に気づくこと

人間は本来常に自分を高く評価していたい動物である。

少数の例外はあるが、その命題を基本にして自己評価と他者評価は影響しあうと考えるのが妥当だろう。

このことに関連した心理学的理論を見てみよう。

社会的比較理論では、人は自分より低い地位にある人を比較の対象と考えることにより、自己高揚が生じることが、既に指摘されている。

つまり、人は自分よりも優れた人物について知りたがっているというよりも、自分よりも劣っている者に関する情報を求めたがっている。

このような傾向を、下方比較と呼ぶ。

 

『他人を見下す若者たち』 P123より

 

下方比較という言葉が刺さりました。

 

私もつい、浪費している人間をバカにしてしまいます。

私も昔、浪費人間だったくせに。

 

浪費している人間をバカにすると、気分が良くなります。

この傾向を「下方比較」と呼ぶそうです。

 

決して良い傾向ではありませんよね。

気づくことができて良かったです。

 

気づくことができれば、修正できますから。

自分を変えるには、気づくことが重要です。

 

以上、『他人を見下す若者たち』(速水敏彦 著)(講談社現代新書)の感想でした。

 

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