『人を殺すとはどういうことか』(美達大和 著)(新潮社)の感想です。

 

『人を殺すとはどういうことか』とは

『人を殺すとはどういうことか』とは、「LB級刑務所」に無期懲役囚として服役している美達大和氏が獄中で書かれた本です。

 

LB級刑務所とは、重大犯罪を犯し、刑期が十年以上の者が収容される施設です。

 

美達大和氏も、2件の殺人事件を起こしています。

 

『人を殺すとはどういうことか』は、美達大和氏が10年間におよぶ服役生活を通じて、贖罪とは何か、殺人を犯した身で残りの人生をどう「生きる」べきか、記されています。

 

加えて、LB級刑務所で見た服役囚の反省の欠片もない実態についても記されています。

 

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『人を殺すとはどういうことか』で刺さった3つの内容

私が『人を殺すとはどういうことか』を読んで、とくに刺さった内容は、以下の3つです。

<『人を殺すとはどういうことか』で刺さった内容>

・他者と深く関わると他人に依存して傷つくかも

・「反省」が分からない受刑者たち

・他人は自分と異なる生き物であると気づくこと

 

それぞれについて、『人を殺すとはどういうことか』の引用文を紹介し、それに対する私の感想を書いていきます。

他者と深く関わると他人に依存して傷つくかも

次に私は、対人関係では相手に不快感を与えることを嫌い、自分の方からは決してそのようなことをしないこと、常に親しみやすさと必要な礼節を大切にする反面、

相手に深いなことや自分の領域に土足で踏み込まれるようなことに対して過剰なまでにこれを排除しようとしてきましたし、それが悪いことであると考えることはありませんでした。

このことが次第に、他者の都合を考えぬことや、独善的な判断につながったのです。

私は友人や周囲の人達と時を共に過ごすことも楽しいと感じていましたが、それ以上に目標の為に勉強したり努力することが楽しかったのです。

その思いに加えて、他者と深く交わることを自ら避けてきたところもありますが、それは親しくなることにより過大な信頼と期待をすることになり、

それが最終的に自分も相手も深いになったり傷ついたりすることを恐れたからです。

常に深く立ち入ることを戒めてきたのです。

 

『人を殺すとはどういうことか』 P80〜81より

 

他人と深く関わると他人に依存するようになり、期待外れだったときに深く傷つくことになる。

 

本当にその通りだと思います。

 

私は、偏差値50のバカ高校でイジメに遭い、信用していた友人に裏切られたことがあります。

 

学部・大学院の研究室の人間関係で辛酸を舐めました。

 

社会人テニスサークルではサークル長のカモにされて、金を失い自尊心を傷つけられました。

 

会社では、頑張れば上司が評価してくれると信じて、サービス残業をたくさんしましたが、不当な人事評価を付けられました。

 

最後は、仕事を1年近く与えられず放置され、最低評価の人事評価を一方的に付けられるパワハラを受けました。

それを人事部に訴えたら、逆に圧力をかけられて、会社を追い出されました。

 

私はこうした経験をしているので、他人を信用したり、他人に依存するのは非常に嫌だと感じます。

 

他人と関わるとロクな目に遭いません。

一人の方が気楽です。

 

ネットで探すと、私のような考えの持ち主が結構いるみたいです。

 

私の考えが正しいかどうかはさておき、同じ意見の持ち主がいることに救われる気持ちです。

 

他人と深く関わらなくても金は稼げるので、普通に生きていけます。

 

本当は一人が好きだと言う人は、無理に人と関わることはないのではないでしょうか。

「反省」が分からない受刑者たち

「反省」が分からない受刑者たち

(中略)

愕然としたのは、反省という単語を口に出した時の反応で、ほとんどの人が「変なことを聞く人だ」という表情で私を見ました。

「反省って、事件のでしょう?」

「うん」

「そうだなあ、やっぱ指紋を残しちゃまずいですよね。あとは、共犯に口の軽いのはダメですね。今回は勉強になりました」

そんな反省してどうすんだよと思わず突っ込みたくなりますが、笑いをとる為でも冗談でもなく、こういう人が大半なのです。

事件を起こしたこと、被害者に対しての反省や償いの意思なんてありません。

 

『人を殺すとはどういうことか』 P95〜96より

 

上の『人を殺すとはどういうことか』を読んで、学部・大学院にいた人間どもらを思い出しました。

 

彼らは、他人の人格を貶めることを平気でし、反省することはありません。

他人をけなして自己の地位を相対的に高めることに喜びを感じるのが、彼らの本質なのです。

 

研究者とは、そういう生き物なのでしょうかね。

囚人と研究者は、根本的な思考が似ていると思いました。

 

また、会社の人間も同様です。

 

私は東証一部上場のIT企業で7年間働きましたが、会社生活を通じて会社とは、

パワハラを平気でし、大人しい人間を徹底的にいじめ抜くのが、会社の本質だと学びました。

 

この場合、言い返すことでパワハラは収まります。

その代わり、陰口を叩かれるでしょうが。

 

パワハラをするクズどもらは、反省は絶対にしません。

相手の良心を期待するとこちらがやられます。

こいつらを人間だと思ってはいけません。

パワハラが酷くなったら、自分の身を守るために、遠慮無くやり返してくださいね。

 

会社は刑務所と同質的なものだと言われていますが、パワハラする社員と囚人も同質的なものなのかもしれませんね。

 

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他人は自分と異なる生き物であると気づくこと

私は道理や論理でものごとを判断しますが、相手も当然同じだというすんごうも疑わない確固たる観念が前提としてありました。

確固というよりも当たり前過ぎて、空気のようなものでした。

社会では、同じ道理や論理を持つ人ばかりで生活していましたから滅多に支障がなかったのですが、ここでは違う道理や論理を持つ人が多いので同じ言葉で話したつもりでも通じていなかった訳です。

この点は自分の対人知性の低さ、狭量さでした。

目から鱗とはこのことです。

こう言われてみると、それまでは、相手に対して何でこんな自明なことが理解できないのかと呆れていたことに対して、すんなりと説明がつきます。

 

『人を殺すとはどういうことか』 P121より

 

さて、研究室や会社のことを散々けなしましたが、私も反省が必要なところがあります。

 

それが、上の『人を殺すとはどういうことか』の引用文です。

 

私も、自分が道義的に正しい人間だと思い込むフシがあります。

そして、他人も自分と同様に、道義的に正しく行動するべきだと思っています。

 

しかし、他人の思考は、自分とは違います。

自分が正しいと思うことが、他人にとっては間違えであることも多々あるでしょう。

 

他人と考え・意見の食い違いが発生し、お互い意固地になって譲らなかったらケンカになります。

 

私は高校・学部と大学院の研究室・会社と、人と密に関わる「閉じた共同体」での人間関係で失敗を重ねました。

 

しかし、100%相手が悪いから失敗したのではないでしょう。

私も自分が絶対に正しいと思い込み、それを相手に押しつけたところがあったから、人間関係がこじれたのです。

 

人と衝突しても、問題は解決しません。

他人の思想を尊重する姿勢も大切です。

 

私はいま家庭教師のアルバイトをやっていますが、このような姿勢を持たないと長続きしないでしょう。

これまでの失敗を反省し、上手く生きていきたいです。

 

以上、『人を殺すとはどういうことか』(美達大和 著)(新潮社)の感想でした。

 

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