『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(著者:平田オリザ)(講談社現代新書)の書評です。

 

『わかりあえないことから』の目次

まず、『わかりあえないことから』の内容をざっくり知って頂くために、目次を紹介します。

<『わかりあえないことから』の目次>

第一章 コミュニケーション能力とは何か?

コミュニケーション教育/「コミュニケーション能力」が求められている/コミュニケーション能力のダブルバインド/なぜ、引きこもるのか/単語で喋る子どもたち/伝えたいという気持ち/「口べた」というハンディ/産業構造の変化/慣れのレベルの問題/「現場」という幻想から離れる

 

第二章 喋らないという表現

中学国語の教材/教えない勇気/フィクションの力/支えきれない嘘はつかない/喋らないという表現/コミュニケーション教育は国語教育か

 

第三章 ランダムをプログラミングする

アンドロイド演劇/長期的な記憶はどこから来るのか/短期的な記憶を問う試験/メチャクチャに教えた方がいい/ランダムをプログラミングする/再びアンドロイドについて

 

第四章 冗長率を操作する

その竿を立てろ/西洋近代演劇を模倣した不幸/現代口語演劇理論/新しい日本語教育/話し言葉の教育の問題点/間投詞の多い戯曲/「対話」の構造を作る/わかりあう文化/対話と対論の違い/冗長率/冗長率を操作する/『くりかえしの文法』

 

第五章 「対話」の言葉を作る

ほか

 

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『わかりあえないことから』要旨・あらすじ・概要・要約

『わかりあえないことから』とは、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授の平田オリザ氏が書かれた本です。

 

企業が求める「コミュニケーション能力」とは何か?

 

これは、表向きには、「グローバル・コミュニケーション・スキル」=「異文化理解能力」です。

 

つまり、グローバルな経済環境の中において、価値観や文化が異なる人の意見を理解し、自らの考えを主張し、お互いの妥協点を見いだせる能力ということです。

 

しかし、日本の企業は、別のコミュニケーション能力も求めています。

 

「上司の意図を察して機敏に行動する」

「会議の空気を読んで反対意見はいわない」

といったその会社でしか役に立たないコミュニケーション能力です。

 

日本の大学生は、これら矛盾した二つのコミュニケーション能力を同時に要求されているのです。

 

しかも日本企業は、この矛盾に気がついていません。

 

これは、サラリーマンがうつ病になる原因のひとつとも言えるでしょう。

 

自己主張できるようになれ、でも空気は読め。

日本企業はこうした矛盾した考えを押しつけることで、生きる気力を奪っているのです。

 

なぜ日本企業では、こうした矛盾が生まれるのか?

 

その原因を深く分析したのが、『わかりあえないことから』です。

 

『わかりあえないことから』は、Amazon評価数・レビュー数が100近くある、注目されている本です。

 

それゆえ、『わかりあえないことから』の読書感想文や小論文を書いたブログが、ネットに多数存在ます。

 

『わかりあえないことから』のページ数は232ページと、文庫本としてはやや文量が多めです。

コミュニケーション能力について、詳しく説明したため、文量が増えたのでしょう。

 

『わかりあえないことから』を購入されたら、じっくり腰を据えて読むようにしてください。

『わかりあえないことから』で刺さった3つの内容

私が『わかりあえないことから』を読んで、とくに刺さった内容は、以下の3つです。

<『わかりあえないことから』で刺さった3つの内容>

・日本企業が要求するコミュニケーション能力は「パワハラ」

・単語でしか喋ることができない子どもへの対応策

・テストの点数が良い人間が企業で活躍できない理由

 

それぞれについて、説明していきます。

 

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日本企業が要求するコミュニケーション能力は「パワハラ」

しかし、実は、日本企業は人事採用にあたって、自分たちも気がつかないうちに、もう一つの能力を学生たちに求めている。

あるいはそのまったく別の能力は、採用にあたってというよりも、その後の社員教育、もしくは現場での職務の中で、無意識に若者たちに要求されてくる。

日本企業の中で求められているもう一つの能力とは、「上司の意図を察して機敏に行動する」「会議の空気を読んで反対意見は言わない」「輪を乱さない」といった日本社会における従来型のコミュニケーション能力だ。

いま就職活動をしている学生たちは、あきらかに、このような矛盾した二つの能力を同時に要求されている。

しかも、何より始末に悪いのは、これを要求している側が、その矛盾に気がついていない点だ。

ダブルバインドの典型例である。

パワハラの典型例とさえ言える。

 

『わかりあえないことから』 P17より

 

『わかりあえないことから』のキーワードとして、「ダブルバインド」という単語があります。

 

「ダブルバインド」とは、二重拘束状態の意味で、二つの矛盾したコマンド(とくに否定的なコマンド)が強制されている状態を言います。

 

会社が「わが社は、社員の自主性を重んじる」とほざきながら、

「上司の意図を察して機敏に行動する」

「会議の空気を読んで反対意見は言わない」

「輪を乱さない」

など、矛盾した状態を強要することをダブルバインドといいます。

 

私は北大大学院を卒業後、東証一部上場のIT企業で7年間働きました。

 

この会社は、公務員体質に似た保守的な体質で、上下関係が非常に厳しい会社でした。

 

大人しい人間、弱そうな人間をイジメて服従させる社風の会社だったのです。

 

私は入社したての頃は、上司に従順になり大人しく働いていましたが、パワハラがあまりにひどいので、上司に逆らうようになりました。

 

そうしたら課長から、仕事を1年近く与えられず放置され、最低評価の人事評価を一方的に付けられるパワハラを受けました。

 

それを人事部に訴えたら逆に圧力をかけられ、会社を追い出されました。

 

この会社も、社長が「社員の自主性を重んじる」とほざいていましたが、

内実は、輪を乱す人間をどんな理由であれ徹底的に排除するブラック企業だったのです。

 

まさに、「ダブルバインド」が蔓延っていた会社だったと言えます。

 

こう矛盾したことをやっているから、ウツになる社員が続出し、優秀な社員が他社にどんどん転職していくのです。

 

こういう会社は日本にたくさんあると思いますが、よく潰れずにやっていけているなと感心します。

単語でしか喋ることができない子どもへの対応策

私はこのことを、「単語で喋る子どもたち」という言葉で説明してきた。

昨今、小学校の高学年、あるいは中学生になっても、単語でしか喋らない子どもが増えている。

喋れないのではない。喋らないのだ。

(中略)

これは一義的には、まず家庭の問題だろう。

「ケーキ、ケーキ」と繰り返す子どもには、父親、母親が「ケーキをどうしたいの?」と聞いてあげなければならない。

あるいは、「お父さんやお母さんはわかるけど、それじゃあ他の人にはわからないよ」と言ってあげなければならない。

しかしこれは、もはや家庭だけの問題でもない。

学校でも、優しい先生が、子どもたちの気持ちを察して指導を行う。

クラスの中でも、いじめを受けるのはもちろん、する方だっていやなので、衝突を回避して、気のあった小さな仲間同士でしか喋らない、行動しない。

こうして、わかりあう、察しあう、温室のようなコミュニケーションが続いていく。

 

『わかりあえないことから』 P21〜23より

 

私はブログで生計を立てるべく、毎日記事を書いています。

 

一日中パソコンと睨めっこしてたら精神を病むので、家庭教師のアルバイトも並行してやっています。

 

中学生を相手に勉強を教えているのですが、彼らの多くが単語でしかしゃべりません。

 

親が甘やかしているのか、親や学校教師以外との接し方が分からないのか、原因は分かりません。

 

このままだと社会に出てから困ると思うので、私は彼らがちゃんと話せるよう、手取り足取り教えています。

 

『「〜して」と言われたら、「はい、分かりました」と言うんだよ』

『分からない問題があったら、「ここが分かりません」と言ってね。「ここ」だけじゃ分からないからね』

 

という感じで、大人と少しでもコミュニケーションが取れるよう、教えているつもりです。

 

会話なんて、「こう聞かれたら、こう答える」という感じで、パターンがある程度決まっています。

 

中学生もバカじゃないので、このパターンをしっかり教え込めば、きちんと話せるようになるはずです。

 

せっかくこうして出会ったのですから、私は勉強以外にも、自分にできる範囲で色々教えてあげたいと思っています。

 

正直なところ、家庭教師のアルバイトはブログよりずっと楽しいですね。

テストの点数が良い人間が企業で活躍できない理由

教師から、「期末試験に出すから、教科書のここからここまで覚えてこい」と言われて、それを素直に履行する従順さと、それを時間内に覚えきる根性が問われていた。

そして、それは、たしかに無意味なことでもなかった。

高度経済成長期には、そのような従順で根性のある産業戦士こそが、国家から求められる人材だったのだから。

(中略)

工業立国においては、「ネジを90度曲げなさい」と言われたら、90度曲げる正確性とその能力が求められてきた。

しかし、付加価値(人との違い)が利潤を生むサービス中心の社会においては、90度曲げる能力、いわゆる従来の基礎学力に加えて、60度曲げてみようという発想や勇気、あるいは「120度曲げてみました、なぜなら・・・」と説明できる表現力やコミュニケーション能力がより重要視される。

ここでは、短期的な記憶を問うだけの従来型の学力試験をくぐり抜けてきた人材が有用とは限らない。

現在、学力や学歴と、企業で個々人が発揮する能力にずれが出てきているのも、この点に由来している。

 

『わかりあえないことから』 P68より

 

テストの点数が良くても、会社で活躍できるとは限らない。

 

まあこれは、他のビジネス書でも言われているはなしですね。

 

日本で成功している起業家の多くが、あまり学歴が高くありません。

彼らを見ると、お金と学歴(学力)は正比例しないことが分かります。

 

私は、高学歴の人間が社会に出て成功しない理由は、頭が固いという理由以外にも、「社会に出たら自分の勉強はもう終わった」と満足してしまうところにあると思います。

 

高学歴といっても、これは18歳までの努力の結果に過ぎません。

この過去の栄光にしがみつき、18歳までの成功体験をベースに物事を進めようとするからダメなのでしょう。

 

学力試験で要求される能力と、社会に出て要求される能力は別物です。

 

社会に出てからこそ、たくさん勉強しなくてはいけません。

たくさん読書をして思考力を磨いていかないと、どんどんバカになって、使い物にならなくなりますから。

 

私は、会社を辞めてからの半年間で300冊以上の本を読みました。

半年前の私と比べると、明らかに思考力が高まり、広い視点で物事を考えられるようになったと言えます。

 

社会に出てから、なんか上手く行かないなと閉塞感を感じているのなら、まずは読書をしてみてはいかがでしょうか?

 

少なくとも、大学受験の成功体験だけでは、社会に出てからやっていけないのは事実ですよ。

 

以上、『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(著者:平田オリザ)(講談社現代新書)の書評でした。

 

『わかりあえないことから』は売れている本なので、楽天などの通販サイトでも、在庫が多数あります。

 

しかし、『わかりあえないことから』はAmazonにて、中古本が安く買えます。

 

『わかりあえないことから』には電子書籍であるKindle版もありますので、Amazonがオススメです。

 

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