『「普通がいい」という病「自分を取りもどす」10講』(泉谷閑示 著)(講談社)の書評です。

 

『「普通がいい」という病』で刺さった3つの内容

私が『「普通がいい」という病』を読んで、特に刺さった内容は、以下の3つです。

<『「普通がいい」という病』で刺さった3つの内容>

・病気や苦しみには自分らしく生きるためのメッセージがこめられている

・「普通」ではないのが幸せの本質である

・一人としての充実をきちんと見つめよう

 

それぞれについて、説明していきます。

 

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病気や苦しみには自分らしく生きるためのメッセージがこめられている

私は「病気には何らかのメッセージが込められている。そしてそのメッセージを受け取ることが出来れば、その病気は消えていくはずだ」と、考えるようになりました。

そう考えるようになってから、

<病気や苦しみとは、天からのギフトのようなもので、その中にとても大切なメッセージが入っている。

だが、それは<<不幸印>>のラッピングペーパーに包まれているので、たいていは嫌がって受け取らない(図1−3)。

しかし、それは受け取らない限り何度でも再配達されてきてしまう。

思い切って受け取ってその忌々しい包みをほどいてみると、そこには、自分が自分らしく生きていくための大切なメッセージが見つかる>

 

『「普通がいい」という病』 P35〜36より

 

病気や苦しみには自分らしく生きるためのメッセージがこめられている。

 

病気については、お医者さんと相談の上、治療に当たってください。

 

ここでは、苦しみについて語っていきます。

 

苦しいのは生き方が間違っているからだそうです。

苦しむのは、仕事(会社の仕事以外)や勉強など、前向きなことだけでよいと、あるビジネス書に書かれていました。

 

私も会社でずいぶんと辛酸を舐めてきました。

 

入社してからパワハラ三昧で、最後は、仕事を1年近く与えられず放置され、最低評価の人事評価を一方的に付けられるパワハラを受けました。

 

トドメに、それを人事部に訴えたら逆に圧力をかけられ、会社を追い出されました。

 

仕事を与えられず放置されている間も、かなり苦しかったです。

そして、パワハラを訴えて会社を追い出されたあと、もっと苦しみました。

 

今は苦しみはだいぶ癒えました。

 

苦しみと向き合うなかで、自分はこんな目に遭う人間じゃない、自分は特別だと思い込む自分がいたことに気づきました。

 

また、新卒で入社した会社を辞めるのはもったいないという執着心が、自分の中にありました。

こんな暖かい会社は他にないと、知らぬ間に洗脳されていたことも認識できました。

 

しかし、みんな平等なのです。

自分だけ特別扱いされる根拠がありません。

 

また、会社なんてごまんとあるし、倹約生活ができれば、派遣やアルバイトでも生活できます。

パワハラをする会社がまともな会社であるはずがなく、私が働いていた会社は明らかにブラックです。

 

こうした当たり前の考えを、会社で受けた苦しみを経験して、できるようになりました。

 

ようやく普通の人間に戻れたという感じです。

あとはゆっくり前に進んでいけばOKなはずです。

 

苦しみと向き合ったことで、生きるのがかなり楽になれました。

 

あなたも、苦しいのなら、その苦しみとじっくり向き合ってみませんか?

 

私のように逃げてばかりいては、解決しません。

 

悪いものは悪い、良いものは良い。

こう白黒ハッキリさせるのがコツだと思います。

 

会社でパワハラを受けているのに、せっかく入社した会社を辞めるのはもったいないとか、グレーな部分を心に残すと辛いだけですよ。

「普通」ではないのが幸せの本質である

ここでも言われているように、「詩人」の目で見たときには、本来「普通」のものなど何もないわけです。

「普通」という言葉には、平凡で皆と同じがよいことなんだとか、「普通」に生きることが幸せに違いない、という偏った価値観がベッタリとくっついています。

つまり、「普通」になれば「普通」に幸せになれると思いこんでいるわけです。

しかし、幸せというものには、「普通」はない。

なぜなら、「普通」ではないのが、幸せの本質だからです。

 

『「普通がいい」という病』 P41より

 

「普通」ではないのが、幸せの本質である。

 

自分が良いと感じたものを、素直に受け入れて、楽しみましょうということでしょう。

 

アニメが好きな人は多いですが、それを人に言うと、オタクだとか変態だとか、悪く言う人間が多いです。

 

しかし、ここで他人の意見に屈してはいけません。

好きなものは好きなんだから、どんどん楽しめばよいのです。

 

会社など閉じた共同体に属していると、自分の「好き」が分からなくなってきます。

 

最初は自分の「好き」を持っていたのに、閉じた共同体の無言の圧力により、その気持ちが押しつぶされていきます。

 

そして、自分が本当にやりたいことが分からなくなり、自分を見失っていきます。

生きるのが辛くなっていきます。

 

これは、私が入社してから経験したことです。

 

入社3年目当たりに、自分を見失って、私はウツの一歩手前にまで追いつめられたことがありました。

 

この会社の人間どもらは、私が元気をなくしていくのを見て、パワハラをエスカレートさせていきました。

 

この会社は、弱った人間をさらに追いつめる社風でした。

仕事を1年近く与えられず放置された人間を、人事部が追いつめて辞めさせた会社ですから。

 

幸い私は、副業で商売をやって、自分らしさを取り戻すことができました。

もし副業をやっていなかったら、私はどうなっていたか分かりません。

 

副業をやる人間は、この会社では異端児でありますが、そうやって多様性を認めない会社の人間のほうが異端児であると思います。

 

あなたも、自分の好きが何なのか、よく考えてみませんか?

それが分からず、自分を見失うと、私のように精神をやられる危険性がありますから。

 

会社は悪魔の巣窟ですので、会社の人間に合わせる必要はどこにもありませんよ。

 

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一人としての充実をきちんと見つめよう

しかし、私たちは映画を見る時も、本を読むのも、物を食べることも、実は一人一人がやっている。

どんなに大勢並んで同じ映画を見ていても、それぞれ一人で見ているのです。

(中略)

ですから、一人としての充実をきちんと見つめないと何も始まらないし、誰かといなければ幸せになれないわけではないのです。

「依存関係」が「孤独」を解消してくれるように勘違いしている人もいますが、この詩でで言われているように、「一人でいるときに淋しいやつが二人よったらなお淋しい」わけです。

寄りかかり合い、もたれ合って、最初はそれも可愛いとか安心すると錯覚するにしても、ある時必ず、どちらかがウンザリして鬱陶しく思うようになってしまいます。

 

『「普通がいい」という病』 P140〜141より

 

「孤独力」を身につけようということです。

 

私は副業で商売をやった経験を通じて、「孤独力」は充分身についたと思っています。

 

この商売は、自分で考え自分ひとりで行動してやってきました。

他人の協力はいっさい受けていません。

 

自分は本当は何が好きなのか、何をすると充実した気持ちになれるのかをひとりで探してみましょう。

見つけられたら、それを大切にしましょう。

 

他人の意見は不要です。

他人から承認される必要もありません。

 

自分を大切にして、自分ひとりが充実できるようになれればOKです。

 

もちろん、ニュースキンビジネスなど、マルチ商法(犯罪)をやって美味しい思いをしようとか、自分本位な行動はダメです。

 

悪いことはやってはだめです。

 

それ以外で、自分が何をやったら充実した気持ちになれるのかを、探してみましょう。

 

以上、『「普通がいい」という病「自分を取りもどす」10講』(泉谷閑示 著)(講談社)の書評でした。

 

『「普通がいい」という病』は、売れている本です。

 

それゆえ、『「普通がいい」という病』の読書感想文を書いたブログが、ネットに多数あります。

 

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