『「やりがいのある仕事」という幻想』(森博嗣 著)(朝日新聞出版)の書評です。

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』の要約

『「やりがいのある仕事」という幻想』とは、工学博士で作家でもある、森博嗣氏が書かれた本です。

 

森博嗣氏の代表作として、『すべてがFになる (講談社文庫)』が非常に有名です。

あなたも、この本のタイトルをどこかで聞いたことがあるかもしれません。

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』では、森博嗣氏の仕事論が書かれています。

 

仕事に勢いが持てなくても、すごい成果が残せなくても、誰もが羨む職業に就けなくても、あなたの価値は変わらない。

もっと自由に、もっと楽しく、もっと自分の思うように生きてみてもいいのではないだろうか。

 

成功とはすることとは何か?良い人生とは何か?

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』では、こういう本質的な部分に踏み込んで書かれています。

 

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『「やりがいのある仕事」という幻想』で刺さった3つの内容

私が『「やりがいのある仕事」という幻想』を読んで、特に刺さった内容は、以下の3つです。

<『「やりがいのある仕事」という幻想』で刺さった3つの内容>

・本当に儲かる商売は宣伝されない

・得をしているから人に頭をさげるのである

・見栄は主観的なもの。みんなって誰?

 

それぞれについて、説明していきます。

本当に儲かる商売は宣伝されない

商売というのは、破格に儲かるものと儲からないものがあるように見えるが、それは一時的なアンバランスにすぎない。

儲かるものには人が集まって、やがてそれほど儲からなくなる。

もうこの商売では儲からないとわかると、今まで儲かっていたことを宣伝して、その商売自体を売ろうと考える。

本当に儲かる商売ならば、ノウハウを公開したり、人を集めて指導したりしない。

教えないこと、知られないことが、儲かる状態を続ける最善の策だからだ。

したがって、この種の宣伝に踊らされないように気をつけた方が良いだろう。

既に流行っているもの、広く人気があるものは、これからそこでビジネスをしてはいけないサインといえる。

簡単な原則である。

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』 P124〜125より

 

本当に儲かる商売は、宣伝されない。

儲からない商売だからこそ、大々的に宣伝されるものだ。

こういう商売は、手を付けてはいけないサインなのである。

 

現在ですと、仮想通貨がそれでしょうか。

 

仮想通貨のテレビCM、最近増えましたね。

ちょっと前まで、NISAなどの投資信託のCMがたくさん流れていましたが。

 

仮想通貨は、大々的に宣伝されていることから、もはや儲からないビジネスなのでしょう。

 

サラリーマンを煽ることで有名な炎上ブロガーが仮想通貨で稼ぎまくっているので、私も興味がありました。

 

しかし、『「やりがいのある仕事」という幻想』を読んでから、仮想通貨は今から参入しても儲からないのだと感じました。

 

大々的に宣伝されているビジネスは儲からない。

起業やマスコミにカモられないためにも、この原則をしっかり記憶したいです。

得をしているから人に頭をさげるのである

だから、堂々としていて、言うことが自信に満ちあふれている、という人に出会うと、「この人はなにか後ろめたいことを隠そうとしているな」と思える。

調子が良すぎるから信頼してもらえない。

そういうものだ。

商売というのは、お金をもらう方が頭を下げる。

それは、「いただきます」とか「ごちそうさま」と同じ意味であって、つまり、得をしたから頭が下がるということだ。

下がれば下がるほど、得をしていると考えても良い。

「そんなへこへこしたことが嫌いだ」という人はプライドが高いのかもしれないが、その程度のプライドは、この際あっさりと捨てた方が賢い。

本物のプライドというものは、頭を下げ続けて初めて獲得できるものだろう。

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』 P152〜153より

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』の上の引用文を読んで、むかし手を染めていたニュースキンビジネス(犯罪)で出会った犯罪者どもらを思い出しました。

 

彼ら犯罪者は、オーダースーツを着て、ルイヴィトンのバッグ・財布・手帳カバーに高級時計を身につけ、金持ちアピールをしていました。

 

自分は将来性がある人間だ、ニュースキンビジネスは絶対に儲かる画期的なビジネスだとセミナーで力説して、世間知らずな若者を洗脳させ、大量買い込みをさせていました。

 

一言で言えば、彼ら犯罪者は「ペテン師」でした。

 

調子が良すぎると、普通は信頼してもらえないのです。

 

当時の私は世間知らずな若者でしたので、彼ら犯罪者の手口にまんまと引っ掛かり、100万円以上の大金を失いました。

 

このような経験をしたので、私は偉そうな態度をしないよう気をつけているつもりです。

「偉そうな態度をする=詐欺師」ですので。

 

腰を低くして、人の意見に謙虚に耳を傾けるようになれるようになりたいです。

 

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見栄は主観的なもの。みんなって誰?

それは良いとして、とにかく、家族四人で借家に住んで、奥様はお金がなくて苦労をしたけれど、それでも、ローンでものを買ったことはない。

買えないものは買えないのだから欲しくもならない、という当たり前の生活だった。

そういう状況を、僕は「惨めだ」と感じたことはない。

比較をする相手もないし、人から「お前は惨めだ」と言われたこともない。

惨めさを感じる場合、多くはその本人の主観である。

みんなに比べたら、という発想をするらしい。

けれど、そのみんなというのは誰のことだろうか?

 

『「やりがいのある仕事」という幻想』 P198〜199より

 

見栄は身を滅ぼします。

 

これは、名著『ふつうの億万長者』にも書かれている客観的な事実です。

 

別に、軽自動車にしか乗れなくたっていいじゃないですか。

中古住宅にしか住めなくたっていいじゃないですか。

高い服を着て、ブランド物のバッグを身につける生活ができなくてもいいじゃないですか。

 

自分が快適だと感じられる暮らしができれば、それで良いと私は思います。

 

私は、著書『となりの億万長者』に刺激を受けて、愛車レガシィツーリングワゴンを手放しました。

 

いまは、軽自動車1台を家族でシェアして乗っています。

 

最初、近所の人の目が気になりました。

なぜ車を手放したのか、根掘り葉掘り聞かれるのではないか、戦々恐々としていました。

 

しかし、誰からも悪く言われませんでした。

それどころか、軽自動車1台で生活できてうらやましいと褒められたくらいです。

 

この経験を通じて、私は、他人なんて自分のことをたいして注意して見ていないことを学びました。

 

みんなと比べて「惨めだ」と感じるのは、幻想です。

そもそも、その「みんな」って一体誰ですか?

 

もしあなたが「みんな」の目が気になるのなら、その「みんな」に該当する人間を具体的に上げてみましょう。

 

大した数じゃないはずです。

その人間どもらが、あなたのことを本当に悪く言ってくるのなら、つき合いを止めましょう。

一緒にいても、害しかありませんから。

 

「みんな」と比べて惨めである、という幻想を捨てて自由に生きましょう!

 

以上、『「やりがいのある仕事」という幻想』(森博嗣 著)(朝日新聞出版)の書評でした。

 

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