『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』(アルボムッレ・スマナサーラ)の書評です。

 

『怒らないこと』のあらすじ

『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』のあらすじを、「BOOK」データベースより引用します。

昨今では、怒って当たり前、ややもすると怒らないと不甲斐ないとでも言わんばかりです。

ブッダは、これに真っ向から反対します。

怒ってよい理由などない。怒りは理不尽だ。怒る人は弱者だ。

怒らない人にこそ智慧がある。怒らない人は幸せを得る。

人類史上もっとも賢明な人は、なぜ怒りを全面否定したのでしょうか。

最初期の仏教であるテーラワーダ仏教の長老が、その真意を平明に解き明かします。

 

「BOOK」データベースより

 

『怒らないこと 役立つ初期仏教法話』は、シリーズ化されている書籍です。

 

『怒らないこと』には、『怒らないこと2』も出版されており、こちらもシリーズ化されています。

 

本記事で紹介するのは、『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』です。

 

『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』は、『怒らないこと』シリーズの中でベストセラーとなった書籍です。

 

どのシリーズが良いかは、Amazonなどのレビューを読んで、判断してください。

Amazonでは、『怒らないこと』の要約も載っていますので、オススメです。

 

私は、スゴ本や読書メーターのレビューをチェックした上で、『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』を買いました。

 

スポンサーリンク



『怒らないこと』の名言を3つ紹介

私が『怒らないこと』を読んで、以下の3つの名言に対し、特に感銘を受けました。

<『怒らないこと』で感銘を受けた名言>

・「私は正しい」という思考は間違い

・エゴを捨てること

・怒りを収めるには怒りに気づくだけでよい

 

それぞれについて、説明していきます。

「私は正しい」という思考は間違い

人間というのは、いつでも「私は正しい。相手は間違っている」と思っています。

それで怒るのです。

 

『怒らないこと』 P32より

 

けれど私たちの心にある「私は正しい」という思考は間違いです。

それを「私が正しいはずはないのだ」と訂正することです。

「私は完全だ」「私は正しい」というとんでもない考え方は、一刻も早く捨てたほうがよいのです。

(中略)

「私は正しい、とは言えない。わたしは不完全だ。間違いだらけだ」ということが心に入ってしまうと、もうその人は二度と怒りません。

 

『怒らないこと』 P35〜P36より

 

人が怒るのは、「自分が正しくて、相手が悪い」と思うからです。

 

本当にそのとおりだと思います。

 

私もむかしは、他人に対して怒ってばかりの人間でした。

怒る原因は、自分が絶対に正しくて、相手が絶対に悪いと思い込んでいたからです。

 

なぜ、このような愚かな考え方であったのか。

たぶん、私がそこそこの高学歴であったからでしょう。

 

私は、偏差値50の高校を中退して、駅弁大学に現役合格して、最終学歴は北大大学院卒です。

 

少し前まで私は、偏差値50のバカ高校から這い上がったエリートだと思い込んでいました。

 

俺は、お前ら凡人とは違う。

お前らは頭が悪い、だから、お前らの言うことは間違えだらけだ、俺に従え。

 

私は、このような、愚かで歪んだ思考の持ち主でした。

 

だから、他人が気にくわないことをしてきたら、猛烈に怒りました。

その怒りを何ヶ月も引きずって、勝手に苦しんでいました。

 

当時の私は、まさにアホの極みだったのです。

 

この負の感情が災いして、会社で落ちこぼれて、マルチ商法にハマって素寒貧になしました。

しかし、副業で運良く成功して、人並みの貯金を手に入れました。

 

商売をやっていたときは、お金がなく、もうなり振り構っていられない状態でした。

商売相手である、経営者に頭を下げまくりました。

 

これらの経営者は、学歴が中卒や高卒で、失礼ですが学のない人が大半でした。

でも、必死に頭を下げる私に、すごく親切にしてくれました。

 

彼らの好意がなければ、私は今、どうなっていたか分かりません。

心から、ありがたいと思っています。

 

副業で商売をやって、私は「自分が正しい」という思考を捨てられました。

そのおかげで、こうして穏やかな暮らしができています。

 

あなたがもし、「自分が正しい」という思考の持ち主なら、考えを改めたほうがよいかもしれません。

 

あなたの今の生活は、穏やかですか?ギスギスしていませんか?

 

もし後者の状況なら、自分の胸に手を当てて、「自分が正しい」と思い込んでいないか、チェックしてみましょう。

 

スポンサーリンク



エゴを捨てること

そもそも「私は何々だから」と思うところから、世の中のすべての問題が生まれるといっても大げさではないのです。

それさえ捨てれば、問題はすべて解決します。

幸福になりたいなら、エゴなんてないほうがいいのです。

(中略)

気にするべきなのは、「その行動が正しいか正しくないか」という点だけです。

 

『怒らないこと』 P54〜P55より

 

そもそも、我々はどうして「自分は偉い」などという勘違いをしてしまうのでしょうか?

それはエゴが目を曇らせてしまうからです。

(中略)

「私は何者でもない」「大したものじゃないのだ」と思ってしまえばいいのです。

東大を卒業した人であろうとも、誰かが「あなたはこの部屋を掃除しなさい」と言ったら、すぐに「はい」と言って掃除すればいい。

それだけのことです。

 

『怒らないこと』 P163より

 

「自分は〜である」というのはエゴ(プライド)です。

エゴがあるせいで、自由に行動できないのは損でしょう。

 

上の引用文にあるとおり、東大卒だろうとも、掃除すれと言われたら、素直に「はい」と言えば良いのです。

 

私が北大大学院時代、周りが、人を見下すことに必死になっている可哀想な人間ばかりでした。

 

トイレ掃除のおばちゃんはクズだ、構内の庭整備をするおじちゃんは落ちこぼれだなど、

ありえないような発言を平気でする人間が、北大にはたくさんいました。

 

しかも、彼らは、いつも他人を蹴落とすことに躍起になって、とても辛そうでした。

 

私も北大大学院に入学した当初は、自分は特別な人間だと強く思っていました。

 

しかし、研究室で、彼らの傲慢さに四六時中付き合わされて、こいつらのようにはなりたくないと強く思いましたね。

 

人を見下す発言をするのは、もう止めよう。

でないと、研究室のクズどもらと同レベルになる。

 

今私が、他人を見下す発言を止められたのは、彼らのおかげだと思っています。

 

私の経験から、エゴ(プライド)は人を不幸にすると思います。

 

そんな下らないものはゴミ箱に捨てて、人と対等に付き合えばよいのです。

 

気にするべきなのは、「その行動が正しいか正しくないか」という点だけです。

怒りを収めるのは怒りに気づくだけでよい

努力して怒りを抑え込むのではないのです。

自分の心の怒りに気づいたら、怒れなくなってしまうのです。

ぜひチャレンジしてみてください。

 

『怒らないこと』 P139より

 

ですから、怒りが生まれたら、「あっ、怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐ自分を観てください。

怒りそのものを観察し、勉強してみてください。

「今この瞬間、私は気持ちが悪い。これは怒りの感情だ。ということは今、私は怒っているんだ」と、外に向いている自分の目を、すぐに内に向けてください。

(中略)

いちばん大事なことは、「自分を観る」、ただそれだけです。

このことをしっかり覚えておいてください

 

『怒らないこと』 P142〜P144より

 

怒りを収める方法は、怒っている自分に気づくこと。

考えない練習』にも書かれていたことです。

 

「怒っちゃダメだ」と、怒りを抑え込むのではなく、怒っている自分を見つめることがポイントです。

 

私はこれで、それなりに怒りを抑えることに成功しています。

 

あなたも試してみてください。

 

以上、『怒らないこと 役立つ初期仏教法話1』(アルボムッレ・スマナサーラ)を簡単に紹介しました。

 

『怒らないこと』は、楽天などにも文庫本が売られています。

 

しかし、Amazonの方が中古本が安く買えますので、Amazonがオススメです。

電子書籍であるKindle版もありますしね。

 

以下、Amazonの販売ページです。