『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』(出口治明 著)(角川oneテーマ21)の書評です。

 

『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』の目次

まず、『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』の内容をざっくり知って頂くために、目次を紹介します。

<『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』の目次>

1章 本とは「何か」―教養について考える

(「教養」と「教育」の違い/ 教養を得るための効率的なツール ほか)

 

2章 本を「選ぶ」―「おもしろそうな本」という鉄則

(未知の分野の勉強のしかた/ どうして古典が難しく感じるか ほか)

 

3章 本と「向き合う」―1行たりとも読み飛ばさない

(読書の作法/ 本は、人 ほか)

 

4章 本を「使う」―著者に左右される人、されない人

(数字・ファクト(事実)・ロジック(論理)/ 本に即効性を求めない ほか)

 

5章 本を「愛する」―自分の滋養、他者への架け橋

(本との出会い/ 小学生時代 ほか)

 

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『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』で刺さった3つの内容

私が『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』を読んで、特に刺さった内容は、以下の3つです。

<『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』で刺さった3つの内容>

・アラブでは女遊びより読書のほうが上位にくる

・毒がある本が良い本である

・著者の思考プロセスを追体験することで人間の思考力は鍛えられる

 

それぞれについて、説明していきます。

アラブでは女遊びより読書のほうが上位にくる

アラブには、次のようなことわざがあります。

「(人生の)楽しみは、馬の背の上、本の中、そして女の腕の中」

女性と時間をともにするより、本のほうが楽しい。

このことわざは、言い得て妙です。

読書の楽しさを伝える至言だと思います。

砂漠のアラブの戦士にとって、馬は生活の手段であるばかりではなく、誇りと栄誉の象徴です。

ですから、馬の背の上に座ること(馬を上手に扱うこと)は、何よりも楽しい。

そして2番目が「本」で、3番目が「女性」。

「本」が「女性」よりも上位にくるのは、本が知的好奇心を満たしてくれるからでしょう。

 

『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』 P4〜5より

 

アラブでは、読書は女遊びよりも上位にランクインすると言われています。

 

私は、つい数年前までは、愛車レガシィツーリングワゴンに乗り、女遊びをしていました。

女遊びをしていたときは、本を1冊も読んでいませんでした。

 

それじゃマズいと、月に1冊は読もうと決めました。

 

そして、『となりの億万長者』と出会って目が覚め、車を手放し、女遊びを一切止め、読書に励むようになりました。

 

アラブでは、女遊びより読書の方が勝ちが高いと言われていますが、これは当たり前のはなしでしょう。

 

女遊びは一時の快楽は得られますが、後に何も残りません。

かたちとしても残りませんが、記憶にすら残らないのです。

 

つまり、女遊びをしていた時間はムダ、死んだ時間だったということです。

 

断言しますが、女遊びは人生のムダです。

この時間に1冊でも本を読んだほうが、絶対にためになります。

 

女遊びで身を滅ぼす前に、自分を律することができるようになりましょう。

私も頑張ります。

 

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毒がある本が良い本である

「花には香り、本には毒を」

(中略)

毒があったほうが、読み手の心に深く残ります。

心のどこかに引っ掛かって、私たちの人生を変える、よすがになります。

毒が回らない本は、「ああ、おもしろかった。すっきりした。はい、全部、忘れて、それでおしまい」です。

そのような本は、私にとって、読むだけ時間のムダです。

香りのない花は、そんなに美しくても、印象が何もありません。

花には、独特の香りがあるからこそ、美しさが際立つのです。

本も同じで、毒が心地よく回って、「ああ、目からウロコが落ちた」「おもしろすぎて、誰かに話したくてしかたがない」と思える本が、私にとってのいい本なのです。

 

『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』 P40より

 

毒がある本が良い本であると、出口治明さんは仰っています。

 

出口治明さんは、京都大学を卒業後、日本生命に入社してそれなりの地位に就かれ、ライフネット生命を立ち上げたエリートです。

 

『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』のタイトルのとおり、出口治明さんはこれまでに、1万冊以上の本を読まれています。

 

それも、ほとんどの本が、読むのが難しい古典です。

ビジネス書など、簡単に読める本はほとんど読んでいないらしいです。

 

出口治明さんのお話によると、古典には毒がある本が多いそうです。

 

「ああ、目からウロコが落ちた」「おもしろすぎて、誰かに話したくてしかたがない」と思える本が、たくさんあるそうです。

 

私は今は、ビジネス書を多読したほうが良いと思っているので、古典は読んでいません。

 

しかし、一段落ついたら、古典にもチャレンジしてみようと思っています。

 

出口治明さんに限らず、多くの著者が、古典を勧めていますから。

著者の思考プロセスを追体験することで人間の思考力は鍛えられる

私がアダム・スミスを薦めるのは、何も『国富論』の概要を知ってほしいからではありません。

250年前ほど前に、アダム・スミスが「どのように自分の頭で考えて市場経済の原理を見つけ出したのか」という点に目を向けて、「ああ、なるほど、物事は、こういうプロセスで考えていくのだな」とアダム・スミスの思考過程を追体験してほしいからです。

木田元さん(哲学者)がよく言われているように「きちんと書かれたテキスト(古典)を1字1句丁寧に読み込んで、著者の思考のプロセスを追体験することによってしか人間の思考力は鍛えられない」のです。

 

『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』 P95より

 

本を読む目的は、著者の思考のプロセスを追体験することである。

 

著者の思考のプロセスを追体験することで、人間の思考力が鍛えられる。

 

著者の思考のプロセスを追体験するためには、きちんと書かれたテキスト(古典)を1字1句丁寧に読み込むことが重要である。

 

速読はよくないみたいですね。

 

ビジネス書の場合、速読によって、必要な情報のみを収集することが出来ます。

しかし、著者の思考のプロセスを追体験するまでは出来ません。

 

著者の思考のプロセスを追体験するには、ゆっくり丁寧に文章を読む必要があります。

 

私は、読書には速読が重要であると思っていました。

速読すれば、1日に3〜4冊は読めますから。

 

しかし、私は『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』を読んでから、速読を止めました。

 

著者の思考のプロセスを追体験できていないと感じたからです。

このままでは、いくら多読しても、思考力が鍛えられないと思いました。

 

1日に読む冊数を減らして、1冊をゆっくり丁寧に読むようにしています。

 

たしかに、1日に読む冊数が2冊以下になってしまいました。

速読をしていたときは、1日に3〜4冊読んでいたので、大きく減っています。

 

しかし、ゆっくり読んだほうが、著者の思考プロセスや体験が、頭にしっかりと入っていきます。

1冊から、より多くの情報を吸収できるのです。

 

脳科学者の茂木健一郎先生は、著書『頭は「本の読み方」で磨かれる』で、

本は著者のすべての経験が書かれていると仰っています。

 

だから、速読して内容をしっかり読み込まないのは、著者に対して失礼でしょう。

 

本は、ゆっくり丁寧に読むべきなのです。

速く読めば良いというものではありません。

 

それに、多読すれば、ゆっくり丁寧に読むつもりでも、速読と同じくらい速く読めるようになるはずです。

 

最初はゆっくり丁寧に読む。

そうすると、どんどん速く読めるようになり、結果的に速読したときと同じ冊数をこなせるのかもしれませんね。

 

以上、『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』(出口治明 著)(角川oneテーマ21)の書評でした。

 

『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』は、それなりに売れている本です。

 

楽天などの通販サイトでも、『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』の在庫が多数あります。

 

しかし、『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』は、Amazonにて、中古本が安く買えます。

 

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